「モーツァルトを聴かせると賢くなる」は本当?信じていた私が、調べてわかったこと

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こんにちは。PULMO代表の佐藤です。「赤ちゃんにモーツァルトを聴かせると賢くなる」──そんな話、一度は耳にしたことがありませんか?妊娠中にお腹に向けてイヤホンを当てたり、子ども部屋でクラシックを流し続けたり。実はわたしも、あの言葉を信じていた一人でした。

ところが調べてみると、この「モーツァルト効果」は、1993年にアメリカで行われた、たった36人の大学生を対象にした実験から生まれた話だったんです。しかも、効果は10〜15分しか続かない、しかも対象は赤ちゃんですらない、というのが本来の研究内容でした。今日は、世界中の親を巻き込んだこの「神話」が、どうやって生まれて、どうやって科学的に否定されていったのかをのぞいてみましょう。

すべての始まりは、1993年の「たった1ページの論文」

1993年10月14日、世界的な科学誌『Nature』に、ほんの1ページだけの短い論文が載りました。タイトルは「Music and spatial task performance(音楽と空間課題の成績)」。著者はカリフォルニア大学アーバイン校のフランシス・ラウシャー博士たち3人です。

実験の内容を整理してみますね。

項目 実際の内容
対象 大学生36人(赤ちゃんではない)
聴いた曲 モーツァルトのソナタK.448(2台のピアノのためのソナタ)
聴いた時間 10分間
測定したもの 紙折り・紙切りの空間認識課題のみ
効果が続いた時間 わずか10〜15分
スコアの上昇 空間認識テストで8〜9点(IQ全体ではない)

これだけです。「IQが上がった」とも「賢くなった」とも、論文には一言も書かれていません。著者のラウシャー博士自身、後に何度も「私たちはそんな主張はしていない」と訂正することになります(Steele 2001の論文に経緯が詳しいです)。

では、どうやって「赤ちゃんが賢くなる」話に化けたのか

原因はメディアでした。1994年、ニューヨーク・タイムズの音楽コラムニスト、アレックス・ロス氏が軽い調子のコラムで「研究者たちはモーツァルトを聴くと頭が良くなることを発見した」と書きました。これが拡散の起点です。

そこから一気に話が大きくなり、1997年には作家のドン・キャンベル氏が『The Mozart Effect』という本を出版。「モーツァルト効果」という言葉自体を商標登録までしてしまいます。「赤ちゃんに聴かせれば頭が良くなる」「特定のソナタを流せばIQが上がる」と、本来の論文にはない主張がどんどん追加されていきました。

ピークは1998年でした。アメリカ・ジョージア州のゼル・ミラー知事が、州議会で予算演説をしながらベートーヴェンの「歓喜の歌」をテープで流して、議員たちにこう言ったんです。「ほら、もう賢くなった気がしませんか?」

そして、州内で生まれたすべての赤ちゃんにクラシック音楽のCDを配るために、年間10万5千ドルの予算を計上することを提案します(コネチカット州議会の調査資料に詳細が残っています)。最終的には議会が予算化を渋ったため、ソニーミュージックが10万枚のCDを無償で寄付することで実現しました。

当の研究者ラウシャー博士は、ジョージア州の知事に事前相談されることもなく、「ただ聴くだけでは、子どもに何の効果もありません」と困惑しながら取材に答えています。研究者の手を離れて、「神話」が独り歩きを始めた瞬間でした。

そして、Baby Einstein帝国が生まれた

1990年代後半から2000年代にかけて、「赤ちゃんを賢くする」と謳う商品が爆発的に増えました。中でも最大の成功例が、ディズニーが買収した「Baby Einstein(ベイビー・アインシュタイン)」シリーズです。「Baby Mozart」「Baby Galileo」「Baby Shakespeare」といったDVDが、世界中の親に飛ぶように売れました。

当時のBaby Einsteinは、年間2億ドル(約300億円)の売上を記録するほどの巨大ブランドだったとMediaPostは伝えています

ところが、ここで雲行きが変わってきます。2006年、消費者団体「Campaign for a Commercial-Free Childhood(CCFC)」が、ベイビー・アインシュタインを「教育的だと偽った虚偽広告だ」として米連邦取引委員会(FTC)に訴えたのです。アメリカ小児科学会は当時から「2歳未満の子どもにスクリーンを見せることは推奨できない」という立場でしたから、「赤ちゃんに教育的」という宣伝はそもそも科学に反していました。

そして2009年、ついにディズニーが折れます。集団訴訟の動きも出てくる中、「2004年6月から2009年9月までの間にBaby EinsteinのDVDを購入した人には、1本15.99ドル(最大4本まで)を返金する」という前代未聞の救済策を発表しました(Consumer Affairsの報道)。

ニューヨーク・タイムズはこのニュースを「赤ちゃんを天才にしてくれるはずだったDVDが、約束を果たせなかった」と報じました。ちょっと切ない話ですよね。

科学者たちは何度も「再現できなかった」と報告していた

商業的なブームの一方で、世界中の科学者たちは1993年の元論文をなんとか再現しようと試みていました。ところが、これが驚くほど再現できなかったんです。

たとえば1999年、トロント大学の研究者ナンタイスとシェレンバーグは追試実験を行い、こんな結果を出しました。「モーツァルトを聴いた群と無音群を比べるとモーツァルト群のスコアが上がるが、無音の代わりに『朗読された物語』を聴かせると、その差は消える」。つまり、効いていたのは「モーツァルト」ではなく、「何かしら好きなものを聴いて気分が上がったこと」だった可能性が高いのです。

2010年、ウィーン大学の研究チーム(Pietschnig、Voracek、Formann)が決定的な研究を発表します。「Mozart Effect-Shmozart Effect(モーツァルト効果なんて、しょーもない効果)」という挑発的なタイトルのメタ分析論文で、これまでに発表された約40の研究、3,000人以上のデータを統合分析したものです(ScienceDailyの解説)。

結論はシンプルでした。

「皆さんにモーツァルトを聴くことはおすすめします。でも、認知能力の向上を期待して聴くのなら、その期待には応えられません」

— ヤコブ・ピーチュニッヒ博士(ウィーン大学、メタ分析の主著者)

とどめは2013年、ハーバード大学のサミュエル・メア氏らの研究です。ハーバード・ガゼットの記事によると、4歳の子どもたちに6週間の音楽レッスンを受けさせた群と、視覚芸術のレッスンを受けさせた群、何もしなかった群を比較しても、認知能力に有意な差は見られませんでした。「アメリカ人成人の80%以上が、音楽は子どもの成績や知能を向上させると信じている」とメア氏は言いますが、ランダム化比較試験では、その効果は確認できなかったということです。

結論:「ただ聴くだけ」では、賢くはなりません

ここまでの30年の研究をまとめると、こういうことになります。

よく聞く話 科学的に分かっていること
モーツァルトを聴くと赤ちゃんは賢くなる 元の研究は大学生36人対象。赤ちゃんは含まれていない
クラシック音楽はIQを上げる IQへの効果は確認されていない。空間認識テストの一部で短期的なスコア向上があっただけ
効果は長く続く 10〜15分で消える
モーツァルトに特別な力がある 好きな音楽でも物語の朗読でも、気分が上がるものなら同じ効果が出る
早期教育DVDを見せれば良い 米国小児科学会は「2歳未満のスクリーン視聴は推奨しない」

とはいえ、誤解しないでくださいね。「音楽は子どもにとって意味がない」と言いたいわけではありません。

たとえばノースウェスタン大学のニーナ・クラウス博士の研究では、子どもが能動的に楽器を演奏したり、音楽教室に通って体を動かして関わったりする経験は、聴覚処理能力や言語発達に良い影響を与えうるとされています。「ただ流しっぱなしにする」のと「能動的に音楽と関わる」のは、まったく別の話なんです。

ハーバードのメア氏も、こんな風に言っています。「シェイクスピアを子どもに教えるのは、SATの点数を上げるためじゃないですよね。音楽もそれと同じです。音楽そのものに価値があるから教えるのであって、賢くなるための手段としてではない」。これはすごく素敵な視点だなと思います。

日本の親に伝えたいこと

もし今、「うちの子がモーツァルトを聴いていないから心配」「Baby Einsteinを買うべきか迷っている」と感じている方がいたら、安心してください。クラシック音楽を流すかどうかは、お子さんの将来の知能とは関係ありません

その代わり、もし音楽との関わり方を考えたいなら、こんな方向性がよさそうです。

  • 赤ちゃんと一緒に歌ったり、手をたたいたりする(双方向のやりとりが生まれる)
  • 家族で音楽を楽しむ時間をつくる(無理に「教育」と思わない)
  • 子どもが楽器に興味を持ったら、能動的に触れさせる
  • 静かな環境も大切にする(ずっと音楽を流す必要はない)

「これをすれば賢くなる」という魔法のような近道は、残念ながら存在しないみたいです。でも考えてみると、それってちょっとほっとする話でもあるかもしれません。私たちが日々している「子どもとちゃんと向き合う」「絵本を読む」「一緒に遊ぶ」といった当たり前のことのほうが、よっぽど効果があるという話だからです。

世界中の親を巻き込んだ「モーツァルト効果」の30年は、科学が誇大広告に勝った物語でもあります。「これさえあれば」という言葉に出会ったら、ちょっとだけ立ち止まって、その元になった研究を確かめてみる。そんな視点があると、子育ての景色が少し変わるのかもしれません。

よくある質問

Q. でも、クラシックを流していたら集中力が上がる気がするのですが…

A. それはたぶん本当です。ただし「モーツァルトだから」ではなく、「自分が好きで気分が上がる音楽だから」というのが科学的な見解です。1999年のシェレンバーグらの研究では、好きな物語の朗読でも同じ効果が出ました。もしあなたがクラシックを聴いて気分が良くなるなら、効果はあります。お子さんに無理に聴かせる必要はありません。

Q. ピアノやヴァイオリンを習わせるのは無駄なのでしょうか?

A. いいえ、まったく無駄ではありません。能動的な音楽教育(自分で楽器を演奏する、歌う)は、聴覚処理能力や言語発達、忍耐力や集中力に良い影響があるという研究があります。「ただ聴くだけ」と「能動的に演奏する」は別物です。ただし「IQを上げるために習わせる」と思ってしまうと、続けるのが難しくなるので、「音楽そのものを楽しむ」という姿勢で取り組むのが良さそうです。

Q. お腹の赤ちゃんに音楽を聴かせる「胎教」はどうなのでしょう?

A. 胎児がお母さんの声や周囲の音に反応することは確認されていますが、「特定の音楽を聴かせると賢くなる」という科学的根拠はまだありません。ただし、お母さんがリラックスしてご機嫌でいることは、胎児にとっても良い環境を作ります。「賢くするため」ではなく「自分が癒されるため」と考えて、好きな音楽を聴くのが一番いいかもしれませんね。

参考にした情報源

この記事を書くにあたって、以下の情報源を参考にしました。もっと深く知りたい方はぜひ元の資料もチェックしてみてください。

PULMO編集部

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