「うちの子、IQが高いんです」と言われたら、なんとなく「将来は成功するんだろうな」と思ってしまいますよね。実はわたしも、そう思っていた一人でした。
ところが、約100年前にアメリカでこんな研究が始まりました。IQ140以上の天才児1,528人を、生涯にわたって追跡する。スタンフォード大学のルイス・ターマン博士が1921年に始めたこの研究は、現在も続いていて、心理学史上最長の縦断研究と言われています。そして、たどり着いた結論は、研究を始めた本人さえ予想していなかったものでした。「IQが高いだけでは、天才にはならない」。今日は、世界の子育てに大きな影響を与えたこの研究の話を、一緒にのぞいてみましょう。

1921年、すべての始まり
話は1921年のカリフォルニア州にさかのぼります。スタンフォード大学心理学部の教授ルイス・M・ターマン博士は、ある仮説を証明したいと考えていました。当時のアメリカ社会には「賢い子は病弱で、社会性がなくて、変わり者(early ripe-early rot)」という偏見が根強くあったのです。ターマン博士はこれを「迷信だ」と科学的に証明しようとしたのでした。
研究の進め方は、こんな感じでした。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 研究名 | Genetic Studies of Genius(天才の遺伝学的研究) |
| 対象 | カリフォルニア州の子ども約16万8千人をスクリーニング |
| 最終選抜 | 1,528人(男子856人、女子672人)、平均IQ151 |
| 選抜基準 | スタンフォード・ビネー式知能検査でIQ135以上(多くは140以上) |
| 追跡期間 | 1921年〜現在(2026年で105年目) |
| 発表 | 5巻の書籍と数十本の論文(1925〜1959年に主要部分) |
※出典:Cogn-IQ「Lewis Terman: Pioneer of Intelligence Testing and Gifted Education」、Stanford Magazine「The Vexing Legacy of Lewis Terman」
選ばれた子どもたちは、自分たちのことを愛着を込めて「Termites(ターマイツ、ターマンの子どもたち)」と呼ぶようになります。彼らは生涯にわたって、5〜10年ごとに送られてくるアンケートに、健康・職業・結婚生活・政治観・宗教観など、人生のあらゆる側面について答え続けました。第二次大戦中の前線の塹壕の中からも、回答が送られてきたという記録が残っています(Stanford Magazine)。
ターマン博士は1956年に亡くなりましたが、研究は弟子たちが引き継ぎ、現在もスタンフォード大学心理学部で続いています。約200人のターマイツが今も生きていて、定期的にアンケートに回答していると報告されています。
Termitesは、何者になったのか
ターマン博士は、自分が選んだ天才児たちが「次世代のリーダーになる」と確信していました。実際の結果はどうだったでしょうか。短期的な成果は、確かに目を見張るものでした。
| 項目 | Termitesの成果 | 同世代平均との比較 |
|---|---|---|
| 学士号取得率 | 男性69.8%、女性66.5% | 同世代の約10倍 |
| 大学院卒業者 | 博士97人、医師57人、弁護士92人 | 圧倒的に多い |
| 研究業績 | 論文・著書2,500本以上、書籍200冊以上、特許350件 | 高い知的生産性 |
| 収入 | 一般人口の約4倍 | 経済的に成功 |
| 結婚率 | 90%以上が結婚、80%以上に子ども | 特別差はなし |
| 寿命 | 同世代より平均約10年長い | 健康面でも優位 |
※出典:Russell T. Warne「10 little-known facts about the Terman longitudinal study of the gifted」、SAGE Encyclopedia「Terman Study of the Gifted」
数字だけだと分かりにくいので、Termitesと同世代の一般平均との差をグラフにしてみました。

1929年に大恐慌が始まったとき、Termitesたちは平均19歳。まさに大学進学の時期に経済が崩壊した世代だったのに、それでも約7割が学士号を取得したというのは、確かに驚くべきことです。彼らはNASAやアメリカ連邦準備制度、原子力委員会、米上院、司法省、国連でも働きました。第二次大戦中は、男性たちが90個以上の武勲章(Purple Heart 15個を含む)を獲得しています。
でも、ノーベル賞受賞者は…ゼロ
ここからが、この研究の有名な「落ち」です。ターマン博士は、自分の選んだ天才児たちから何人かはノーベル賞受賞者が出ると確信していました。100年経った今、答えはこうです。
1,528人のTermitesからは、ノーベル賞受賞者もピューリッツァー賞受賞者も、一人も出なかった。
— アルバート・ハスタフ博士(元スタンフォード大学心理学部長、Stanford Magazineインタビュー)
そして、もっと面白い事実があります。1921年にターマン博士の研究チームがスクリーニングした16万8千人の子どもたちの中に、IQが基準に届かず研究対象から外された2人の少年がいました。彼らの名前は、ウィリアム・ショックレーとルイス・アルバレス。後に、二人ともノーベル物理学賞を受賞することになります。
ショックレー氏のスタンフォード・ビネー式IQスコアは、子ども時代に2回測定されて、それぞれ129と125。アルバレス氏も同様にIQ135の基準を満たしませんでした。それでもショックレーはトランジスタを発明して1956年にノーベル賞を、アルバレスは恐竜絶滅の隕石衝突説を提唱して1968年にノーベル賞を受賞しました(Warne et al. 2020「Low base rates and a high IQ selection threshold prevented Terman from identifying future Nobelists」)。
受賞後のショックレー氏は、自分のスタンフォード大学のオフィスでノーベル賞のトロフィーを磨きながら、ターマン博士の研究のことを思い出して、こんなジョークをよく口にしていたそうです。
私はターマンのギフテッド研究には合格できなかったのに、どうしてノーベル物理学賞は取れたんだろう?と、よく笑い話にしてしまいます。
— ウィリアム・ショックレー(1956年ノーベル物理学賞受賞者)
ちなみに、世界的バイオリニストのアイザック・スターンとユーディ・メニューインも、ターマンのテストでIQ基準に達せず除外されていました。「IQ135以上」という基準では、芸術家や創造的な天才を見落としてしまう、ということが、この研究自体が証明してしまった形になります。ターマン博士は「IQ135以上」という基準を引いてしまったために、後にノーベル賞を取ることになる本当の天才たちを「対象外」にしてしまったのです。「天才を見つける基準」を高くしすぎたことで、本物の天才を見落としてしまう、という皮肉な結果になりました。
科学分野のノーベル賞受賞者の実際のIQを並べてみると、ターマンの基準がいかに「外していた」かが見えてきます。

研究が明らかにした「もっと大事なこと」
「じゃあIQテストは意味なかったの?」と思いたくなりますが、研究を最初から最後までよく読むと、もっと深い発見があります。それは、「人生の成功を決めるのは、IQ以外の要素のほうがずっと大きい」という事実です。
1947年、ターマン博士の研究チームは、Termitesのうち「人生で成功した群(A群)」と「成功しなかった群(C群)」を比較する分析を行いました。両群はIQはほぼ同じだったのに、人生の結果は大きく違っていました。違いはどこにあったのでしょうか。
| 違いを生んだ要素 | 内容 |
|---|---|
| 家庭環境(社会経済的地位) | 経済的に余裕のある家庭で育った子のほうが成功しやすい |
| 親の教育水準 | 親が高学歴の家庭出身者ほど成功している |
| 忍耐力・粘り強さ | 困難に立ち向かい、目標に向かい続ける力 |
| 情緒の安定 | 挫折から立ち直る力 |
| 明確な目標を持つこと | 何のために勉強するか、自分で見つけた人 |
| 運 | どうしようもなく結果に影響する |
※出典:Psychology Today「The Truth About the Termites」
後の研究者たちが指摘するのは、Termitesの成功は「IQが高かったから」というよりも、「中流〜上流階級の白人家庭出身者が多かったから」かもしれない、という分析です。実際、ターマンが研究対象に選んだ16万8千人のうち、日本人は4人、黒人は1人、インド系1人、メキシコ系1人だけ。社会階層も白人中流以上に偏っていました。同じ家庭環境の子どもをランダムに選んでも、似た結果が出ただろう、という批判もあります。
つまり、「IQ151」という条件を取り除いて、社会経済的な背景だけで予測しても、Termitesの成功はかなりの部分まで説明できてしまうかもしれない、ということなんですね。これは、現代の教育研究にも大きな問いを投げかける発見でした。
そしてもう一つ、暗い真実
研究を最後まで追いかけると、もう一つ、考えさせられる事実が出てきます。Termitesたちは、人生のいくつかの面では、一般の人とまったく変わらなかったのです。
- アルコール依存症になる率は、一般人と同じ
- 離婚率は、一般人と同じ(むしろやや高いという報告も)
- 自殺率も、一般人と同じ
- 逮捕者・服役者もいた(偽造罪で刑務所に入った人もいる)
- 事故・病気で若くして亡くなった人もいる
ターマン博士自身が、後年こう書き残しています。
知能と達成の関係は、決して完璧ではない。
— ルイス・M・ターマン(Genetic Studies of Genius、後年の総括より)
「賢い子は将来必ず成功する」という、研究を始めた当初のターマン博士の信念は、Termites自身の人生によって、ある意味で否定されたのでした。
100年研究が、現代の私たちに教えてくれること
ターマン博士の研究は、批判もたくさんあります。研究者本人がTermitesの就職や進学に推薦状を書いたり、コネを使って助けたりしたため、結果が「研究」として歪んでいる、という指摘も有名です。サンプルが白人中流階級に偏りすぎていたという問題もあります。それでも、105年続いている世界最長のこの研究から、私たちが受け取れる教訓は、シンプルですが大事なものだと思います。
「うちの子はIQが高い」と分かっても、それは将来の成功を保証するものではない。逆に、「IQが平均的でも、ノーベル賞を取る子は取る」。子どもの未来を決めるのは、生まれもったIQよりも、その子を取り巻く環境、与えられる機会、そして「最後まで粘れる力」や「明確な目標」のような、もっと別の要素のほうが大きいのかもしれません。
むしろ、ターマン博士の研究で本当に注目されるべきだったのは、「IQ151のTermitesたちでも、人生で挫折することがある」という事実かもしれません。子どもがどんなにIQが高くても、親としてできることは、結局のところ普通の子育てとそんなに変わらない。安心して育てられる環境を作って、挫折したときに支えになる存在でいる。
世界最長の縦断研究が105年かけて教えてくれたのは、「子どもの将来を決めつけないでください」という、当たり前のようで、つい忘れがちなメッセージなのかもしれません。
よくある質問
Q. Termitesの中に、有名になった人はいるんですか?
A. はい、何人か公に知られています。心理学者のリー・クロンバック、ロバート・シアーズ、生理学者のアンセル・キース(コレステロールと心臓病の関連を発見)、ロサンゼルス国立研究所元所長の物理学者ノリス・ブラッドベリー、Lifeマガジンのジャーナリストだったシェリー・スミス・マイダンス、ハリウッドの大物だったエドワード・ドミトリックとジェス・オッペンハイマー(コメディ番組「I Love Lucy」の頭脚本家)などです。ターマン博士の息子フレデリック・ターマン(Termitesの一人だった)も、シリコンバレーの父と呼ばれる工学者になりました。
Q. ノーベル賞受賞者のショックレーとアルバレスのIQはいくつだったんですか?
A. ショックレーのスタンフォード・ビネー式IQは、子ども時代の2回の測定でそれぞれ129と125、成人後の測定で90パーセンタイル(IQ119相当)でした。アルバレスの正確なIQは公開されていませんが、同じくターマンの基準(IQ135)には届かなかったとされています。実は科学分野のノーベル賞受賞者のIQは120台が多く、ジェームズ・ワトソンやリチャード・ファインマンも120台だったとされています。「天才」と「IQが極端に高い」は、必ずしもイコールではないんですね。
Q. このターマンの研究、現代でも信頼されているんですか?
A. 半分Yes、半分Noという感じです。105年続く世界最長の縦断研究として、データそのものには大変な価値があります。一方で、サンプルが白人中流階級に偏っていること、ターマン博士本人が研究対象の人生に介入してしまっていたこと、優生学的な思想がベースにあったことなどから、現代の研究倫理では再現不可能な研究です。それでも、「IQだけでは人生の成功は予測できない」という結論は、後の多くの研究でも繰り返し確認されていて、ギフテッド教育の出発点として今でも教科書に載っています。
参考にした情報源
この記事を書くにあたって、英語の以下の情報源を参考にしました。原典のデータをもっと詳しく見たい方は、ぜひ元の資料もチェックしてみてください。
- Stanford Magazine「The Vexing Legacy of Lewis Terman」(スタンフォード大学公式マガジン、ハスタフ博士インタビュー)
- Cogn-IQ「Lewis Terman: Pioneer of Intelligence Testing and Gifted Education」(2025年9月)
- Embryo Project Encyclopedia「Lewis Madison Terman (1877–1956)」(アリゾナ州立大学、2025年2月)
- Russell T. Warne「10 little-known facts about the Terman longitudinal study」(知能研究者のブログ、2020年10月)
- Russell T. Warne「Terman’s non-geniuses: Shockley and Alvarez」(同上、2020年9月)
- Warne et al. 2020「Low base rates and a high IQ selection threshold prevented Terman from identifying future Nobelists」Intelligence誌
- Psychology Today「The Truth About the Termites」(社会経済的背景の影響について)
- SAGE Encyclopedia of Educational Research, Measurement, and Evaluation「Terman Study of the Gifted」(学術エンサイクロペディア)
- Lewis M. Terman「Genetic Studies of Genius Volume I」原著(1925年、Internet Archive、PDF全文公開)
- Encyclopedia of Human Thermodynamics「Terman Study」(Joel Shurkin著「Broken Genius」からの引用を含む)
